top of page

数値評価は有害?(研究者のケース)

  • 執筆者の写真: KD
    KD
  • 2024年5月21日
  • 読了時間: 2分

研究者は、創造に向けて知性と感性を駆使して歩む

この精神活動に客観的で定量的な評価はなじまない

学術の発展には有害だ


評価には必ず目的があり、そのために最も適した方法をとらなれければならない

評価が適正かどうかは対象となる人や組織の質や活動が後に高まったかで決まる

評価は人の一生さえ左右する

だから評価には責任があり、慎重で抑制的でなければならない

ひとごとになる要因の一つは、専門分野の細分化だ


なぜ客観がいいと思うのか?

自分の身辺の出来事についても大事であればあるほど評価は主観になる

自ら真剣に判断したいはずだ

物事の分析に客観的数値を使うのはいいが、評価は価値観を伴う主観だ


評価者は失敗の追求を恐れ、中立で無難なものに逃避し、主観は悪で客観が善とする

分かり易い説明を求めるが、学問が分かりやすいはずがない


権力をもつ評価主体が大学の役割を一部を切り取って数値を図って公開し、報酬を与えたり懲罰をしたりしている

20世紀初頭の米国発のテイラー主義、科学的管理手法だ

個人の精神の高揚の機会を損ない、大学の研究教育体制をゆがめている


研究者が自分ごととして評価することだ

研究者については論文指標や研究資金獲得額だけでなく、目的に応じたナラティブ(物語性)がいる


⇒野依良治氏インタビューより

 研究者→経営者、研究→経営も同じ文脈か 

 
 
 

コメント


最新記事
アーカイブ
タグから検索
ソーシャルメディア
  • Facebook Basic Square
  • Twitter Basic Square
  • Google+ Basic Square

© 2024 by AgriImpact Inc All Rights Reserved

  • c-facebook
  • Twitter Classic
  • Google Classic
bottom of page