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農業の原罪、穀物の不幸@アセモグル&ジョンソン

  • 執筆者の写真: KD
    KD
  • 2025年12月21日
  • 読了時間: 2分

1万2000年前ごろに完全に家畜化と栽培化がなされた動植物を基盤とする定住農業の移行プロセスが始まった。少なくとも世界の7つの地域で独立して起こった。「定住」が人間社会の原罪、貧困と社会的不平等の素地を生んだ。

・中東の肥沃な三日月地帯…ヒトツブコムギとエンマ―コムギ

・中国北部…雑穀(アワとキビ)

・メソアメリカ…カボチャとマメとトウモロコシ

・南米…塊茎(ジャガイモとヤムイモ)

・アメリカ合衆国東部…各種のキヌア

・アフリカ大陸サハラ以南

・エチオピア…コーヒー


ヨーロッパの土着の狩猟採集民は何千年もの間、直物栽培には手を出さず、中東の農耕民族が移住してきて初めてヨーロッパに農耕がもたらされた。相当の多様性があったのが実情。

約7000年前に、肥沃な三日月地帯の全域で「単一の作物」を基盤にした恒久的な農業が生きる上で唯一の選択肢となった。経済的な格差が激しくなり、明確な社会的階層制が出現し、頂点に立つエリート層は多くを消費しながら、それでいて自らはいっさい生産しなかった。


最初こそ多種多様だったものの定住農業が根付いたところの大半で最終的に栽培作物の頂点に立ったのが穀物だった。小麦、大麦、コメ、トウモロコシは全てイネ科、小さくて堅い乾燥した種子(専門用語:穎果)が食用になる。塊茎や豆類は腐植しやすく、堆積あたりカロリーも穀物のおよそ5分の1程度。

・水分率が低く、貯蔵しやすい

・エネルギー密度が高く、輸送にうってつけ

・種まき、手入れ、収穫を担う労働力があれば、相当な量の生産が可能


狩猟採集民は、1日5時間ほど働いて、多様な植物と十分な量の肉を食べ、健康的な生活を送っていた。平均寿命は21~37歳のあいだ。一方、定住して穀物を育てるようになった農民は、1日10時間(狩猟採集民の2倍)以上働いていたと推測。食生活は悪く、平均身長は10cmほど低く、平均寿命は19歳前後だったと推定されている。


結局のところエリート層に不釣り合いに大きな権力を握らせた政治制度がものを言った。強制力も働いたが、宗教指導者と政治指導者の持つ説得力が決定的な要因だった。農業がはじまってまもないあいだに奴隷制度はかつてなく広まった。古代エジプトから古代ギリシャまで初期文明には相当な数の奴隷がいた。奴隷でない人々に対しても必要とあれば容赦なく強制力が行使された。

~「技術革新と不平等の1000年史」~

 
 
 

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