top of page

社会的存在としての会社の主観@ウェーバー

9月1日
読了時間: 1分

営利のもっとも自由な地域であるアメリカ合衆国では、営利活動は宗教的・倫理的な意味を取り去られていて、今では純粋な競争の感情に結び付く傾向があり、その結果、スポーツの性格をおびることさえ稀ではない。

将来、この鉄の檻の中に住む者は誰なのか、そして、この巨大な発展が終わるとき、まったく新しい預言者たちが現れるのか、あるいはかつての思想や理想の力強い復活が起こるのか、それとも、そのどちらでもなくて、一種の異常な尊大さで粉飾された機械的化石を課すことになるのか、まだ誰にもわからない。

それはそれとして、こうした文化的発展の最後に現れる「末人たち」にとっては、次の言葉が真理となるのではなかろうか。

「精神のない専門人、心情のない享楽人。この無のものは、人間性のかつて達したことのない段階にまですでに登りつめた、と自惚れるだろう」と。(1920年)

 
 
 

コメント


最新記事
アーカイブ
タグから検索
ソーシャルメディア
  • Facebook Basic Square
  • Twitter Basic Square
  • Google+ Basic Square

© 2026 by AgriImpact Inc All Rights Reserved

  • c-facebook
  • Twitter Classic
  • Google Classic
bottom of page